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いままでは労働運動と解決金事業の2本柱!
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復活するにはリーダーと金が要る!
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2018年7月、連帯ユニオン関連の一連の逮捕事件。検察は営業妨害、恐喝事件と捉えているが連帯は労働運動だと反論。ある一面では労働運動であるが、生コン関連業者を連帯傘下の協同組合に組み込むため、業務に難癖をつけ長期にわたる営業妨害をしてきた事も事実である。連帯の動画YouTubeでいまでも流れているのを見ても異様な光景の連続である。あれが労働運動とは誰も思わない。
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労働改善と称し、各地の労働委員会に救済申し立てを行いながら分会支援と称し連帯労組員(生コン製造、運輸、圧送ポンプなど各社で雇用)がオルグとして応援に駆けつける。当該会社はあまりのしつこさに音を上げ「解決金を払い、組合に加入」するのが過去一連のパターンであった。
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連帯が組織拡大に利用してきた闘争戦法である。
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本年9月2日に行われた大津地裁の「タイヨー生コン恐喝事件」で、元々連帯の人間であった西井政一氏がどういう分けか検察側の証人で出てきたことは、本紙の10月7日の記事でも書いた。
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西井氏が証言の中で「元々、向こうから合わせて欲しいと言う話を、セメントメーカーの人物を通じて話してきたのだ」と証言している。このことは、今でもセメントメーカーは、生コン製造業者に対して有形無形の影響力を持っていることを証明したに等しい。
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西井政一氏と武建一委員長は、連帯ユニオン発足当時からの委員長、副委員長の間柄。今でも連帯労組のトップ武建一容疑者と今では生コン業界の成功者と目される西井政一氏(新淀生コン、㈱西井商店臨海生コン、臨海運輸の代取)はセメントメーカーにとっては、十分利用価値があるのだ。
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セメントメーカーにとって、セメント生産量の70%を使う生コン製造業、その生産の100%を消費してくれる建設業。連帯が結成されるまで、セメントメーカーにとって「直営系、独立系を含め製造工場を傘下に収めることは重要な戦略」なのだ。明治期のセメント官営工場から始まり、その官営工場の払い下げを受けたアサノセメント、1950年を境に現場での生コン製造から工場で生コンを製造する手法ができあがり全国に生コン工場ができ始めた。生コン工場が飛躍的に伸びたのは1960年代に生コン車が生産されたことにある。
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これを境に、生コン工場は数を増し人口が少ない地区にまで生コン製造工場が出来、現在に至っている。セメントメーカーにとって、生コン工場の増加はセメント生産量の増加であり、傘下の生コン製造の工場が多くなれば、セメント価格の値上げにも有利に働く。
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セメントメーカーにとって、直営工場の数が減っても、メーカー関連の人間が独立工場を経営することは業界シエアの寡占化に寄与することにつながる。セメントは製造から輸送、サイロ保管が長期に渡ると湿気で堅くなる弱点があり、生コンは製造から90分で現場打ち込みという制約が各地に小規模生コン工場ができる原因ともなっている。
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地方での住宅地開発に伴う戸建住宅の建築現場が多くなると、この90分制約が枷になり、次々と小規模生コン製造工場ができていく。関西では、和歌山県や奈良県は面積の割に小規模生コン製造工場が多いのは高速道路など道路事情が貧弱であり、どうしても時間制約をカバーするため、生コン工場が多くなるのは仕方がないことである。これは、滋賀県の中部から湖北にかけても似たところがある。
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セメントメーカー系生コン工場が地方の独立系工場にセメントを供給する役割は、建材商社に負うところも大きく、メーカーと商社の連携が大事なのは、地方の生コン工場のメーカー系列化、特にセメントメーカーにとってシエア拡大のチャンスである。これは、連帯にとっても組織拡大の重要な目標でもある。
ある意味、セメントメーカー、セメント商社、系列の生コン工場、ゼネコン、連帯ユニオンがあるときは手を組み、あるときは敵対するという構造の中で勢力争いをしてきた。連帯の歴史で、常にセメントメーカー、ゼネコンとは敵対してきたが、生コン価格が値上げされる度に連帯は運動の成果だと喧伝し、日々雇用の費用・人件費を勝ち取ったようにいうが、建前と本音は違う。連帯系が組織した各経営者会(生コン製造業者、運輸業者、圧送ポンプ業者の協同組合)と連帯が団体交渉するというセレモニーは、下打ち合わせをしながら団交を繰り返しており、上から見ると呉越同舟に見える。
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連帯の勝利の裏には、裏でのネゴ交渉が多数あり、経営者と連帯の闘いはある意味、出来レース(値上げの取り分交渉)であったとも言える。セメントメーカーは、生コン価格が低迷している最中でもセメントの値上げをしてきた。他の産業界の常識ではあり得ないことが、建設業の中では起こっていたのだ。建設業界特有の下請け叩きの悪しき慣例であり、それは今でも続いている。特定商社に対し、値引き卸は現在でもあるのだ。
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セメント直営の生コン工場が独立工場として分離されたり、セメントメーカーのサイロ敷地に生コン工場を作ったとき、メーカーは敷地を出資として新会社名義にしたり、いろいろとセメント占有率が落ちない工夫をしている。
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いまでもセメントメーカーは、生コン業界に隠然たる影響力を行使する機会を狙っているように見える。連帯ユニオンは過去に140日間闘争を勝ち抜き生コン価格の値上げを手にした。これを契機に建設業界では「ここに連帯あり」の旗を掲げ、勝ち戦の調子に乗りすぎた嫌いがある。中身は、全面勝利したわけではなく、自分たちが結成した大阪広域協同組合は各セメントメーカーの出向者が理事を務め、連帯の要求には徹頭徹尾抵抗していた。一部の理事は、連帯に同調するものも居たのだが、、、それは出向理事というサラリーマン気質が為せる抵抗でもある。これらの理事は腹が座っていないのだ。
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何でもそうだが、ほどほどの内はある意味仕方がないと容認するが、限度を超えると色々な動きが表面化する。単なる労働運動なのか、左翼思想の過激運動なのか、反社暴力運動なのか、大阪サミット開催にあわせ色々な左翼労働運動に対する法律の改正が行われた一環に、連帯ユニオンの労働運動が労働者のための運動なのか、政治闘争なのかが問われる中で、他の左翼運動にない解決金と称する恐喝事件が多数見られることは、反社団体と同類と看做したことが一連の逮捕で各府県警の組対が
中心となった事でもわかる。
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連帯幹部が大量逮捕され、公判中であるが、1年以内にはすべての一審判決が出ることになるだろう。被告側が控訴するなら裁判は継続し大阪高裁での審理となり、武委員長が最高裁まで争うなら長期裁判となることは間違いない。
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各裁判で連帯が主張する行動全てが労組運動と主張し、それが認められる裁判なら、非合法団体や反社団体も労働組合を結成し、同じことを主張し企業攻撃をしても労働三法による闘争だと称することが可能になるかもしれない。
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連帯は、「それはまた、別の話だ」というかもしれない。一般人から見たら、連帯の逮捕者は、「ただの犯罪者だ」としか映らない。
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そうしている間でも、連帯は日を追うごとに、組織は弱体化する。はたして、連帯ユニオンは復活できるのだろうか。連帯労組の全員が裁判対象ではなく、幹部連中が対象だ。強力なシンパが生き残っている。その者たちが復活の当事者になるかどうかだ。そのような動きを見せ始めたとき、スポンサーは現れるだろうか。
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セメントメーカーや大手商社は、どう動くであろうか。
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